ひとや動物の発育に不可欠な役割を果たす銅は、発育の盛んな赤ちゃんの時期に、とくにたくさん必要とされます。
新生児の銅含有量は大人の2~3倍と言われています。
また出産後1ヶ月くらいまでのお母さんの母乳には、45μg/100ml程度の銅が含まれていることがわかっています。
そのため赤ちゃんに飲ませる粉ミルクには銅が添加されています。
粉ミルクは、戦後急速に普及するとともに、品質の向上が図られました。いかに母乳に近づけるか、消化性の向上、乳脂肪の植物油脂への一部置き換えなどが行われました。
このような取り組みは、メーカーだけで進められるものではなく、小児科学会などの指摘を受けて、種々の改良・改善が行われることが多いといわれています。
1976年に出されたWHO(世界保健機関)による人口乳の必須金属含有量についての勧告によると、銅の含有量は100ミリリットル中40マイクログラム。これに対し日本製の粉ミルクは、100ミリリットル中3.1~7.2マイクログラムしか入っていませんでした。
もともと人間の母乳には、出産後1ヶ月くらいまでは100ミリリットル中45マイクログラム程度含まれています。欧米各国では、WHOと同水準の銅が粉ミルクに含有されています。それがなぜ日本だけ少なかったのでしょうか。
理由は製造上の問題からきていました。粉ミルクは牛乳を乾燥させてつくられますが、牛乳中のたんぱく質やナトリウムなどは母乳にくらべはるかに高いため、たんぱく質を減らしたりナトリウムを脱塩したりする工程があります。この工程中に牛乳に含まれている銅が減少してしまうのです。もちろん製造工程中に銅が減少するのは欧米でも同じことですが、欧米では乳児栄養のために銅を添加することで必要量を確保していました。ところが、日本では銅が食品添加物として認められていなかったため、銅の添加ができなかったのです。
その後、小児科学会で毎年のように銅欠乏症例が報告されるようになり、この問題がクローズアップされるようになりました。銅欠乏症は、貧血、発育不良、下痢、低体温、皮膚や毛髪の色素減少、骨病変などが特徴的な症例としてあげられています。
当時、小児科学会で症例を報告した徳島大学医学部では「いまのところ欠乏症の症例報告は未熟児を中心としたごく一部の乳児にかぎられているが、普通の子に欠乏症があらわれないからといって安心はできない。長い間下痢をしたり、かぜをひいたり、食欲不振が重なれば欠乏症を起こす可能性があるし、症状には出なくとも潜在性の欠乏を起こす可能性もある」と警告を発しました。
こうした問題提起を受けて学会は、厚生省(現厚生労働省)に対し、銅および亜鉛の添加を認めるよう要請を出しました。そして、厚生労働省は食品衛生調査会に諮り、同調査会の「問題なし」との結論を受けて、1983年、許可に踏み切りました。
その翌年、銅、亜鉛が添加された粉ミルクが市場に登場することとなりました。
粉ミルクの銅添加量は320μg/100gでこれを標準的な14%の調乳液にすると45μg/100mlになります(大手粉ミルクメーカーの例)。非常にわずかな量ですが、この銅が赤ちゃんが健康に育つために役立つのです。